気持ち新たに
大どんでん返しの余韻を残しながら何日も経たない、2月11日からの訪タイになった。
タイ行きは現地会社の面接の為に予定していたので、既にチケットは購入済みであった。
しかし、予定は会社訪問に変更になったのである。
2月13日が工場訪問予定日になった。
その日は総務部長が迎えに来てくださった。(私が乗った事のない高級車ボルボで)
私のコンドーは日本人があまり住んでいない地域にあるので、そういう所に慣れていないせいか迎えに来るのに道を何回か間違ってしまったようである。
運転手は当然タイ人なのだが、結構タイ人は地理に弱い所があるから余計だ。
また、総務部長は日本での仕事が本業なのでタイ語が全くわからないという事も手伝ってしまった。
私も電話で運転手にある程度の指示を出したが、こういう時のタイ語説明は難しいのである。
そんなで待ち合わせには多少の時間のズレが出てしまい、私をヤキモキさせたが何とか会う事が出来た。
コンドーからは私の説明でこれから通うであろう道路を指示しながら走った。
会社はアユタヤよりやや北側にある工業団地に入っているらしい。
私のコンドーから車で約1時間の距離であろうか。
タイで製造関係の日系企業は、だいたいバンコクから1時間前後の通勤時間の場所にある所が多く、その事は以前から知っていた。
前会社も同じアユタヤ県にあったので、通勤の苦労はおおよそわかる。
(ただ、最近は通勤が出来ない所に移っている企業も多いと聞いている)
通勤に多少時間がかかるが、日本のごく一般的な通勤時間と比べても変わらないので、何の文句もない場所といって良いだろう。
(ただ、車のスピードは日本の電車以上の速さで走るが)
バンコクとは反対方向なので渋滞に遭わないのも気が楽である。
道路は以前私がいた頃より数段良くなっていてタイのインフラ整備の発展が感じられた。
十年チョットの間にこんなにもバンコク周辺が変わるとは予想もしていなかったのは私だけだろうか?
そういえばその頃、高速道路工事等の為に16輪位の大型トラックが何台も連なり毎日バンコクに向かって走っていたのを思い出した。
(残念ながら幹線道路から少し外れると、まだまだであるのも事実だが)
自分がタイ現地紹介会社で探そうと思った場所もその中に入っていた。
多分、朝は6時〜6時30分の間を目安に出発すれば良いだろうか。
日本ではそれより早く家を出る人はざらにいるだろうし、タイは車社会だから渋滞を考慮して相当早く出かける人も沢山いると聞く。
今回の契約では運転手が付くので、車の中でもう一度寝る事も可能だ。
工場到着までに次から次へといろんな思いが頭の中を駆け巡った。
やはり、以前に経験が有るとは言っても久々のタイでの仕事だから仕方ない。
さて、いよいよ会社に到着した。
思ったより綺麗で大きな工場であった。
早速応接室に案内されたが、実は会社訪問だけでなくタイの工場の工場長達との再面接が待っていた。
これは自分の頭の中にはなかった事態なので少し戸惑ってしまった。(社長は既に採用は決定していたはずなのだが)
工場見学と面接とが一緒になった訳で、やはり再度緊張した。
日本人全員が集まった。全員で8名になった。
工場長は30台後半と私より随分若いのだが、相当のやり手と感じた。
再度、前回の日本での面接と同じ内容を説明した。
そして工場長から幾つかの質問と現地状況説明があり、面接は終了した。
もちろん、
「一緒に頑張りましょう」という言葉があとに続いた。(安心した)
日本での面接時よりも一層、
《やってやるぞ〜!!》
という気持ちが沸いてきた。ここでも鳥肌が立ったのを思い出す。
その後、工場見学になったのだが、やはりタイの製造関係は女性社員が多い。
手先が器用でまじめなのだから当然と思うが、男性の方がもう一つ働かないと
いう点もある様だ。
私もこれからはその男性の一人(日本人だが)になる訳だから、タイ人の数倍は頑張らないと「なーんだ」という風に見られてしまうことになる。
<ほんとに頑張らなければ!>
一通り見学し、昼食を取り再度条件面などの話をして今回の予定は終了した。
日本での即日の採用決定から、とんとん拍子に話は進んでいる。
記念すべき現地就業開始は4月17日からとなった。
二ヵ月後に照準を合わせることになった訳である。
約一年近くのブランクを吹飛ばす為にも、徐々に自分を盛り上げていかなければならない。
これまで、ただダラダラしていたような気がするので相当大変だろうと思う。
これもまた自分に与えられた試練と思い、乗り切らなければならない。
いよいよタイ進出が現実となり、自分の人生の再スタートが切られる日が決まった瞬間であった。
《タイで一花さかせるぞ〜!!》と心に刻んだ。
管理人から
タイで働く日本人は、タイ人の何倍も働かなくてはイケない。何倍、時には十倍以上の給料をもらうのだから当然である。今回の会社ではタイ人の管理の仕事と言うことで、さらにタイ人の見本となるように頑張らなくてはならないわけですね。読者の皆さんは駐在というと運転手付きで家付きで〜と良いところだけ見ているわけですが、実は結構大変なことも多いのでした。それはこれからすーさんが教えてくれるでしょうが…