ママはムエタイ戦士 〜戦慄の決着〜

 第2ラウンド、ゴングと共に相手コーナーへ突き進むオードリーさん。しかし、相手はまだセコンドもリングから降りておらず、臨戦態勢に入ってない。そう、ムエタイにはそんなにせわしない選手はいないのだ。つまりルール違反なのにおとがめはない。これでいつも1ラウンドの最初の10秒は損している気がする…。が、とりあえずセコンドがリングを降りたとき、すでにオードリーさんはもう相手の目の前にいることは紛れもない事実。このチャンスにしっかりとコーナーに詰めようとするあたりはさすが歴戦の戦士と言った観がある。

 左のリードブローから右の抱え込み、そして小さな左フック、ストレートを繰り出す。相手がいやがって逃げるところをすかさず右手で抱え込み左のヒザ。


 おそらくこれがオードリーさんの得意のスタイルなのであろう。しかし相手も然る者、しっかりとオードリーさんの首に腕を巻き付け距離を保とうとする。しかもこの距離からはムエタイ特有のヒザがボディを狙ってくる。これがたまらなくつらい…。が、そこで彼女は両腕を相手のクビの外側に回すのではなく、内側から押し出し手首相撲を切る作戦に出た。特に左の腕の力の強い彼女は半ば強引にクビ相撲から脱出成功。これを見た管理人はオードリーさんの冷静さと作戦の成功具合に少しずつ勝利の確信を深めていく。

 とは言うものの、相手はまだまだ元気な上に気の強いタイ人である。やはり果敢に蹴りやヒザを休まず出そうとしてくる。そしてこれがまたポイントにつながっている。観客席からは圧倒的にタイ人への声援が飛ぶ。と言ってもこれは相手に賭けているために相手のポイントをしっかりと印象づけるのが目的。本場ラチャダムヌーンスタジアムなぞでは試合が熱を帯びるに連れて(判定が拮抗する)「イン(撃つ)」などの声がエコー付で鳴り響く。これがどのくらいうるさいかというと、建物を揺るがすほど。KOで決まったときにシーンとしているのでよけいにその音量に圧倒される。そしてこの試合は屋外であったものの、ちょうど我々の後ろ側に賭の元締めがいたためにうるさいうるさい。しかし、気がつくとセコンド人と一緒に大声を出している管理人がそこにいた。

 そのクビ相撲から相手を押し倒したときから、オードリーさんが決定的に優勢になり始める。と言うか、ある意味はじめてポイントを取れたとも言える。が、これで相手の得意技を一つ押さえたのが大きかった。そして常に前に前に行こうとする姿勢。

 サップか、おまえは!

 そして相手がその細かい左フックに嫌気がさした頃、狙いすましたように左膝が顔面をヒット!相手はその場にうずくまってしまった。管理人はその当たった音が聞こえただけに、これで終わったかと思われたが、なんと相手はしっかり立ち上がってきた。やはり恐るべしはタイ人である。その後優勢に試合を運びながらも相手にウマく交わされ第2ラウンドを終えた。

 このラウンドは間違いなくオードリーさんが取っている、これは間違いのないところ。となりにいるmickyさんも大興奮状態。本人もかなり手応えを感じているらしいのだが、まだ今ひとつ納得できない様子である。実はこの時彼女はけっこう焦っていたらしい。あれだけパンチがあたっているのに倒れない相手に対してである。この試合、使われていたグローブはメキシコ製8オンスという非常に軽く、パンチが効くものであった。さらにこのグローブどこで使い回してきたか知らないが、見るからにベコベコであたったら素手で殴っているようなものである。そういう状態で顔が後ろに吹き飛ぶようなパンチがいくつも入っているにもかかわらず相手がなかなか倒れない状況が、焦りを生んでいたようだ。とは言うものの、オードリーさん自体はそれほどダメージを受けているわけでもなく、今のペースで行けば勝てると思っていた。スタミナが切れない限り…。

 そして第3ラウンドのゴング。相変わらずムエタイらしくなくイキナリラッシュするオードリーさん。そしてそれにまだ足を使って応戦する相手。しかし明らかに相手は彼女のパンチをイヤがっている。左腕で押さえようとするが、それを振り切って右へ右へ回り込みはじめた。とうとうオードリーさんが一番困る動きをし始めたのだ。右に回られると左からの攻撃はしにくくなる。もつれながらロープ際まで行き、ヒザを数発受ける羽目になる。しかしここで余裕なのか、後ろまで回られたときにレフリーに
 「どうするの?」
と言った感じで視線を送る彼女。思わず
 「そんなところで気を抜くな!」
と管理人は怒鳴ってしまいました。レフリーがブレークするまで何が起きても不思議ではないのですから。しかし、のちほど彼女がシュートボクシング出身者と言うことで謎は氷塊。オードリーさん、もしかして思わず投げようとしたの?。

 明らかに相手の手数よりもオードリーさんの手数が上回りはじめた。相手は距離が取りたい。しかしそれを許さず常に前進する彼女。相手がロープを背負いはじめた。そしてパンチの連打連打連打!もうすでにかなりのグロッキー状態。そしてフィニッシュはあっけなく訪れた。

 左右の連打でコーナーに詰めると得意の左フック。右手で相手の頭を押さえ込んで、フラッとしたところを、必殺の左ヒザが相手の顔の命中!!!

 さすがの相手もそのままそこに倒れ込んでしまった。そしてそのまま起きあがる気力を失いテクニカルノックアウト、事実上のKO勝利である。終わってみれば「圧勝」と言った観さえある試合であった。我々もリング下で我が事のように喜んだ。観客もあまりの結末に最初は声を失っていたが、勝ち名乗りの受けるオードリーさんにやんやの歓声を送っていた。そのまま控えの場所に戻るときも握手責めを受けていたオードリーさん。試合が終わった安堵感からか、最初に会ったときの緊迫したオーラは消え、顔から優しそうな笑みがこぼれはじめた。なんだ、こんなかわいらしい顔だったのか…。と言う彼女の顔はグリースと汗でベタベタの髪がオールバックになっていて、女らしいとは言いにくかったが、それでも試合前とは別人のようであった。

 この後ホテルに戻るために管理人の車に乗り、試合会場をあとにした。


 まだまだ続くぞ、「ママはムエタイ戦士」。次回は〜ムエタイ戦士、女に戻る〜です。

 今回の試合内容を写真で見たい方は<タイの日常>の「アライ コゥ ダイ」のコーナーでどうぞ。