第十回

 相手も生身の人間ですし長くつきあえば相手の長所を受け入れ易くなって特別、容姿とか歳というのは案外大きな障害ではなくなってくるようです。
 ベースにはタニマチ的な関係があるにはありますがそれを除けば何ら普通と変わらない恋人関係になる確立も多くなります。

 生活の一部を面倒を見るというのは通常の恋愛でもよくあることですからそんなにお金の関係の部分だけをあげつらってもしょうがないことです。まぁ、愛の一つの形と思えば宜しい。

 こういう関係を築くまでに男性側としては鷹揚な気持ちというかあまり縛らないことがこれまでの多くの経験談から引き出せます。

 まぁ、自然の流れに任すことでしょう。余程相性が合わなければずっとタニマチ的お客さん状態が続くことでしょう。大体、最終形に進む前に大方壊れてしまうケースを多々見てきました。

 実際、生身の人間同士がそういう関係になるまでには常時傍にいなければ、そういう状態になるのはなかなか難しいです。

 短期出張で年に数回訪タイを繰り返したとしてもタイ在住の場合とではよっぽどお互いの波長が会わない限り一気に事は運ばないものです。

 「特別な」常連客程度とお姉さんが捉えていれば彼女にとってこういう形の顧客が数人いればとてもサバーイな生活を送れます。数人のこの手のお客の訪タイ時期が重ならなければその機会ごとに相手に合わした恋人を短期間演じるだけで生活はぐっと楽になります。計算高いなどと思ってはいけません。これも生活の知恵です。

 もし、タイに在住の相手ならかなり慎重な対応を彼女達も取らざるを得ません。
 大事な金ズルを「鵜飼い」のように捌く能力を要求されます。
 すべてのお姉さんがこういう風と言うのではありませんが「特別な」常連客程度のステータスである限りはそういう扱いと思った方が無難です。

 どこで「特別な」常連客から一種恋愛観感覚を伴った相手に昇格するのかは彼女達も自覚してないようです。金づくではないある種の感情が出てくるのはやはりお互いが「生身の人間」だからです。出会いが敷居の低いものであっても時間の経過とともに状況が少しずつ変わるのです。

 ただ、そういう状況に切り替わった時を境に男性側は自由に泳ぎ回れない環境に放り込まれることを意味します。